「寄り添う教育」の光と影──現場で進む“二極化”について考える

近年、教育界では「あなたの気持ちに寄り添います」という言葉が合言葉のように使われるようになりました。もちろん、子どもの心に寄り添う姿勢そのものは教育の根幹です。心が折れそうなとき、誰かがそっと支えてくれることで再び歩き出せる子どもはたくさんいます。私自身、KOSHIN学院で日々生徒と向き合う中で、寄り添いの力が子どもを救う瞬間を何度も見てきました。

しかし一方で、この「寄り添う」という言葉が、いつの間にか“子どもが嫌がることは避けるべきだ”という誤った解釈にすり替わってしまう場面も増えてきました。結果として、粘り強く取り組む子と、嫌なことからすぐに逃げてしまう子の差が、これまで以上に大きく開いているように感じます。

■「嫌なことはやらなくていい」という誤解

本来の寄り添いとは、子どもの気持ちを理解しつつも、必要な場面では背中を押し、時には踏ん張らせることです。ところが最近は、子どもが少しでも「嫌だ」「難しい」と言うと、大人がすぐに“無理をさせてはいけない”と判断してしまうケースが増えています。

その結果、



という傾向が強まり、挑戦する前に逃げるクセがついてしまう子が少なくありません。



ちろん、子どもが本当に追い詰められている場合は休ませるべきです。しかし、単なる「面倒くさい」「気が乗らない」という段階で逃げ続けてしまうと、成長の機会を自ら手放すことになります。

■粘り強く頑張れる子は、吸収力が違う

一方で、多少の困難があっても粘り強く取り組む子は、驚くほど多くのことを吸収していきます。


こうした小さな成功体験が積み重なることで、さらに挑戦する意欲が湧き、成長のスピードが加速していきます。


粘り強さは才能ではありません。習慣です。そしてその習慣は、日々の「ちょっと頑張る」「もう一歩踏み込む」という経験の積み重ねでしか育ちません。

■現場で感じる“二極化”の正体

最近、教育現場では「何でもある程度できる子」「何もできないまま成長してしまう子」の二極化が進んでいると言われます。私はその背景に、まさにこの“寄り添いの誤用”があると感じています。

寄り添いが「甘やかし」へと変質すると、子どもは努力の必要性を学べません。
逆に、寄り添いが「支え」として機能すれば、子どもは安心して挑戦できます。

つまり、問題は寄り添うことそのものではなく、寄り添い方の質なのです。

■本当の寄り添いとは「逃げ道を作らない優しさ」

子どもが嫌がることに対して、ただ「無理しなくていいよ」と言うのは簡単です。しかし、それは短期的な安心を与えるだけで、長期的には子どもの可能性を奪ってしまうことがあります。

本当の寄り添いとは、


という“優しさと厳しさの両立”です。


子どもが「嫌だ」と言ったときこそ、教育者の腕が問われます。
その言葉の裏にある不安や苦手意識を受け止めつつ、どうやって一歩踏み出させるか。そこに寄り添いの本質があります。

■KOSHIN学院が大切にしていること

KOSHIN学院では、子どもたちの気持ちに寄り添うことを大切にしながらも、「逃げない力」を育てることを重視しています。


こうした取り組みを通して、子どもたちは少しずつ「やればできる」という実感を得ていきます。


寄り添いとは、子どもを甘やかすことではありません。
寄り添いとは、子どもが自分の力で未来を切り開けるように支えることです。

■塾長からメッセージ

教育は流行で動くものではありません。
どれだけ時代が変わっても、子どもが成長するために必要なのは、
**「挑戦する勇気」と「続ける力」**です。

そしてその力は、寄り添いながらも逃げ道を作らない教育によって育まれます。

KOSHIN学院はこれからも、子どもたちが自分の力で未来を切り開けるよう、心に寄り添いながら、時には背中を押し、時には踏ん張らせる教育を続けていきます。


今日のポイント!

子どもに寄り添うことと甘やかすことは断じて違う!



それでは今日はこの辺で! また次回♪


【KOSHIN学院は神奈川県平塚市田村にある、一生懸命頑張る生徒をトコトン応援する高校受験専門の学習塾です!】

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この記事を書いた人

瀬下淳志のアバター 瀬下淳志 KOSHIN学院塾長

神奈川県平塚市田村にある高校受験専門の集団個別指導の学習塾です。お勉強が苦手でもお断りしませんが『やる気』は大いに気にしています。